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湘南の端っこから、こそっと(?)つぶやく独り言。
聞く耳(読む目?)持つ方、いらっしゃいまし。
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[Web Log] / 06月22日 15:17
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リヴァー・フェニックス幻の遺作と言われているダーク・ブラッド、先週、横浜の映画館で見ることができた。

舞台はアメリカ西部の砂漠地帯。かつて白人によって奪われ、核実験が繰り返されたその土地は、今は無人の荒野がどこまでも広がる、この世の果てのような場所だ。ネイティブ・アメリカンの血を引いた青年ボーイ(リヴァー・フェニックス)が、妻を白血病で亡くして以来、社会との関係を断ってたった一人で暮らしていた。もうすぐ世界の終わりが来ると信じている彼は、美しいバフィーを一目見て生きる本能を目覚めさせていき、バフィーもまたボーイの妖しく不思議な精神世界に惹かれていく。(公式HPより一部引用)

これ、ものすごくおおざっぱに言ってしまえば、「俗世界に生きるパワフルな女性と、世の中を諦観してしまった孤独な男性との、狂気のラブストーリー」だと思う。でも、舞台設定からして、核問題とか、人種問題とか、そういったことももっと描かれていると思っていたので、そのあたりも期待していた。

でも、そこはちょっと期待はずれ。リヴァーが撮影途中で逝ってしまったことも影響しているのかもしれないけれど、その辺の説明が希薄で、エンディングでボーイの住み家が、あんなことにされてしまったのは何故なのか(どんなことかはネタバレなので書けませんが)、それもわからなかった。ちなみに、パンフレットでもそこには触れていない。

この映画には、大人のラブストーリーには必然の(おそらく期待していたファンもいたであろう)、ラブシーンがほとんどない。これはある事情により、ラブシーンが撮影スケジュールの最後に回されることになったため。リヴァーはその撮影の前に、急逝してしまったので、ボーイとバフィーとのラブシーンは撮影されないまま終わったわけ。

リヴァーの不在により未撮影だった部分は、監督自身がストーリーテラーとしてナレーションをつとめるということになり、映画は完成した。おそらく私が感じていた物足りない部分は、そのシーン〜ボーイとバフィーの最も親密なシーン〜に、台詞としてちりばめられていたのであろうと推測するのだが、いかがなものか。あるいは、未公開部分(があったとした)に含まれていたかもしれないけれど。

しかし、リヴァーの演技や容姿は、充分に堪能できた。ボーイの孤独感や狂気的な部分、ふと見せる少年のような表情、絞り込まれた美しい肉体……「年齢を経た彼を観てみたかった」と思わせ、ジェームス・ディーンの再来と言われたのも、うなずける。もし、DVDになったら、もう1度見てみようと思う。

もう二度と会えないという現実。それが、想像をかき立て思いを募らせる。リヴァーに限らず、自分のいる世界から消えてしまった人への想いって、そういうものなんだ。人を恋うる気持ちは想いで募り、思い出は想いを深く刻み込んでいく……。

[Web Log] / 06月09日 22:44

世の中には、
会うだけで元気にしてくれる人がいる。
前向きな気分にしてくれる人がいる。
勇気をくれる人がいる。
笑顔になれる人がいる。

私の周囲には、
私を支えてくれている人がたくさんいることに
今さらながら、気づく。

人だけじゃない。
音楽、文章、風景、空気……。
そういったたくさんのことに、
私は支えられてきた、
支えられていく。

すべてのことに、感謝したい。
普段は気がつかないけど。

私も、誰かに
元気をあげているのかな。
勇気をあげているのかな。
何かの力になれているのかな。

そんな人間に
なれたらいいな。

[Web Log] / 05月12日 23:32

大物実業家・原田(柄本明)
「戦争で負けて、この国にはどでかい穴が空いた。
 その穴を、これからテレビジョンが埋める。
 かつて我々が信じるものとされていた、仁義、礼節、忠誠、そういうなんもかんもが全て灰になった。大衆どもにはそれが不安でたまらんらしい。一種の癖だ。
 みんな血まなこになって次にすがるべきものを探している。
 だけどワシは、それは癖そのものを直せばいいのだ。せんないことに思い煩わせるのをやめ、ただただテレビジョンを見る。プロレスに興奮し、音楽と共に踊り、落語に笑えばいい。頭を空っぽにするのだ。ただ空っぽに。
 そこにテレビジョンという風がながれてくる。悩みを忘れ笑いと興奮に……」
私立探偵・増沢(浅野忠信)
「正気ですか!? この国の頭を空っぽにして回る。正気でそれが自分の使命だと?」
原田
「悪いか? 澱がたまるよりは、空っぽの方がずっとマシなんだよ」
増沢
「冗談じゃない。植えた子供に酒を与えるようなものですよ。なるほど、苦痛はまぎれるかもしれない。頭という頭がすべて空っぽになるんですからね。
 でもそれは、人間にとって、この国にとって、最も大切なことを奪いつぶして回るということじゃないですか」
原田
「そのお前の頭こそ、ゴミためって言うんだ。
 ご立派な高説で腹がふくれるか? お前のような男こそ、100人いたってガキひとり食わせられねーんだよ。能なしのくそったれは、今すぐこの国から追放してやろうか? バカヤロー!」
(HNK土曜ドラマ「ロング・グッドバイ」5/10放映より)

NHKで放映中のドラマ「ロング・グッドバイ」第4回放送の、私立探偵増沢と大物実業家・原田とのやりとりだ。原田は新聞社や出版社を複数抱え、テレビ局までつくった大物実業家。政界への進出をもくろんでいる。時代設定は、まだテレビが一般家庭に普及しておらず、これから高度成長期へと向かうあたり。
このやりとり、妙に胸に刺さってしまった。

チャンドラーの「ロング・グッドバイ」とは、ほど遠いものだと思っていたけれど、どこかに共通して流れるものがあるのかもしれない。
もう一度、原作を読み返そうと思った深夜であった。

[Web Log] / 05月03日 11:54
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森美術館で開催されていた「アンディ・ウォーホル展」を見た。

会場の壁にウォーホルの名言が書かれていた。これは最近の傾向なのか?(以前、東京都写真美術館で見たロベール・ドアノーの写真展でも、壁に印象深いフレーズが書かれていた)


「アンディ・ウォーホルって人間について知りたいと思ったら、僕の映画や絵をただ、表面的に見てくれればいい。そこに僕がいるから。裏には何もないんだ」
「お金を稼ぐことは芸術、働くことも芸術、うまくいっているビジネスは最高のアートだよ」
「なぜ、オリジナルでなければいけないの? 他の人と同じがなんでいけないんだ?」
などなど。

他にも、商業デザインに関わっている人間なら、思わずうなずきそうなフレーズもたくさんあったのだけれど、書き留めることができなかったのが悔やまれる。それやっていたら、丸1日かけても終わりそうもなかったけれど。

私が目を外せなかったフレーズをひとつ。
「自分の抱える問題を人に見せることができる場所であり、
そして誰もそのことで嫌ったりしない」

これは、ウォーホルがファクトリーと呼ばれるアトリエを構えたときに言った言葉。
ここで彼は作品を量産していくのだけれど、この言葉にどんな思いを込めたのだろうか。

その後、ウォーホルはファクトリーをオフィスという名に変えて、依頼肖像画を描き始める。

彼はこうも言っている。
「ビジネスアーティストとして生涯を終えたい」

今回、ウォーホル展に行って再確認したのは、彼がポップアートと呼ばれる作品を作りはじめたのは、1960年代だったということ。もう半世紀前の話だ。思い起こせば私の学生時代には、彼のポップアートはもう確立されていたのだけれど(それだけでも30年くらい前だもの)、そんなに昔のことだとは思っていなかった。
今見ても、全く古いとは感じない作品群。やはり彼は天才だったのか……。


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写真は「シルバー・リズ」。エリザベス・テーラーをモデルにした作品で1963年のもの。
この作品の解説の中に、以下のような言葉があった。
「写真のありふれた事実と、画家のレタッチという芸術的なフィクション、この相反する2つの融合は、ウォーホルの作品においては、フラッシュライトの残像で輝き続けるような、こうした裕福で華やかな人々を記録するために、とくにふさわしい方法となった。ロバート・ローゼンブルム(美術史家・アメリカ)」
ウォーホルのアートを端的に解説している評だと思うのは、私だけだろうか。


[BookReview] / 09月19日 23:15

いつも胸の奥がざわざわしている。
気づくと、その人のことを考えている。
何か理由をつけて、その人に会いたいと思う。
電話をして、声を聞きたいと思う。
でもそれは、決してかなわない。

その人は、私より7歳年下で、
その人は、清潔で礼儀正しくて、
その人は、いつもほほえんでいて、
その人は、いつも少しだけぎくしゃくしていて、
その人は、なんとなくセンチメンタルで、
その人は、なんだか間違っていて、でもそのことも知っていて、
その人は、女性の望みを叶えるのが上手で、
その人は、女の子をきちんと愛することができなくて、
その人は、卵料理が好きで、
その人は、あまりお酒が強くなくて、
その人は、夏の終わりがあまり好きじゃない。

その人の名は、ニシノユキヒコ。



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[Web Log] / 05月16日 22:33

私は結婚した。
父のお葬式をした小さな教会で挙式し、
サインした婚姻届を知人に頼んで提出してもらった。
小さな会場で親戚や友人を招いて披露宴をし
カフェレストランでパーティを開いた。

あれからちょうど20年が過ぎた。

披露宴やパーティに呼んだ友人のほとんどは疎遠になっているけれど、
無縁になったわけじゃない、と思う。
今は、新しい友人と新しい縁をつないでいる。
住み慣れた街からは引っ越してしまったけれど、
一応徒歩圏内なのでそんなに遠くなったわけじゃない、と思う。
今でも、買い物をしたり呑みにいったり遊びに行ったりする。

結婚の有無には関係なく、月日が流れたからだろう。

良いこともあったし、悪いこともあった。
楽しいこともあったし、辛いこともあった。
嬉しい出逢いもあったし、悲しい別れもあった。
良い妻でもないし、良い嫁でもない。
母にはなれなかったけど、家族になったのだと感じる。

変わってしまったところもあるし、変わらないところもある、お互いに。
それでも20年、一緒に過ごしてきた。
使い込んだグラスのように、日々の生活に馴染んでしまって、
もう、そこにいることが当たり前で、特別なことだとは思わない。

ただ20年前と同じようにこうしていること、それこそが特別なことなのかもしれない。

ありがとう、そしてこれからもよろしく。

[コメント] / 05月19日 0:06

Bom!さん
コメントありがとうございます。
「In My Life」聴いてみました。
タイトルは知りませんでしたが、さすがに私も聴いたことがありました。もちろん歌詞の内容は知らなかったので、日本語歌詞も調べてみました。
何気ない言葉ですが、いい歌詞ですね。
こういう言葉たちは、時代は関係なくすべての人に響くのでしょうね。

この曲の歌詞をイメージさせる情景を感じていただいたのであれば、恐れ多くもうれしいです。
Bom!のコメント
[コメント] / 05月18日 3:40

There are places I remember
All my life though some have changed
Some forever not for better
Some have gone and some remain

All these places had their moments
With lovers and friends I still can recall
Some are dead and some are living
In my life I've loved them all

In my life I love you more

用あって、久々にiShonanに来てみたら、Y
さんの投稿に、僕の大好きな“In My Life”、Beatlesの曲の歌詞をイメージさせる情景を感じたので、ついついその1st. verseを転用しました。65年の曲。デビュー3年目、Johnが歌詞を書いてPaulと一緒に作った曲、メンバー全員+プロデューサーのSir George Martinもfavouriteに挙げ、ファン的にも数ある曲の中でBest5に入るであろう曲です。
是非聴いてみてください。
それから記念日おめでとう、これからも旦那ちゃんと良いパートナーで、ずっといてね。
次の記念日は“横断歩道渡った日”か…。
[BookReview] / 04月16日 23:56
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タイトルに惹かれて、ずっと気になっていた本だった。
文庫のカバーもなんとなく雰囲気がよく、「いと浪漫チック」な内容を期待していたのだ。

しかし、文芸春秋のHPでは「究極の驚愕、ミステリーの奇跡がここにある」とあり、「あなたは最後の一時まで、ただひたすら驚き続けることになる」とまで書かれている。

確かに、ミステリーというか、推理ものではある。恋愛的な内容も含まれている。
終盤になればなるほど、意外な事実が展開されて、ばらばらだったピースがひとつになっていく。

そして最後の最後に、思わず「え〜、そうくるか」って言葉にしてしまうほどのドンデン返しがある。だけど、この驚きは推理小説としてのものではない意外性というべきだろうな。確かに思い返せば納得する複線が、そうとはわからないよう巧みに引かれている。
かなり特異な展開だけど、最後まで読んではじめてタイトルの意味がわかるのだと思う。

“葉桜の季節に君を想うということネタバレ”って検索ワードがあるはずだわ。

「そうなんだよな、みんな、桜が紅葉すると知らないんだよ」
主人公である元私立探偵・成瀬政虎の終盤のこの台詞が、タイトルにつながっているのかな。

赤や黄に色づいた桜の葉は、木枯らしが吹いてもそう簡単に散りはしない。

この小説の最後の一文である。
私たちがイメージする“葉桜”とはちょっと違って、桜の葉のことなんだろうけど、このフレーズが本書のすべてを象徴していると思う。

私としては、推理小説でも恋愛小説でもなく、まったく別ジャンルの小説(これを語るとネタバレにつながりそうなので心に秘める)としてなら、楽しめると思う。でも感想が両極端に分かれそうな本だった。

追記:これ、絶対映像にはできないと思う。読んだ人ならわかるだろうなあ。

敦子のコメント
[コメント] / 04月23日 8:37

YUMIちゃん、、さっそく買いましたよ~~。☆*★*♪ 

読み終わったら、カキコしますねΣd(ゝ∀・)!!
[コメント] / 04月21日 15:38

敦子さん

コメントありがとう。
この本はね、本当に好き好き分かれると思いますが、敦子さんは好きなタイプかも!?しれませんよ。
ちなみに私は、ブックオフで見つけてしまいましたのよ(こっそり)。

もし読んだら、感想聞かせてね。
敦子のコメント
[コメント] / 04月21日 1:33

由美ちゃんの解説を読んで、読みたくなりました。

書店で探してみます*。。。*☆
[Web Log] / 08月08日 10:05

今日は立秋。
先月の海の日以降、なんとなく夏らしくなかった数週間。
ここ数日は、やっと夏らしい感じになってきたものの、暦の上では今日から秋。
残暑になってしまうのね。

いやいや、まだ夏はそこにいる、ということで、本日は自主的夏休みを強行。
主婦業(ふだんからそう必死にやっているわけではない)も仕事も完全にシャットアウトして(…っていうと、なんかすごく忙しそうだけど、そんなこともないっす)YUMI個人として、好き勝手に過ごそうと決めました。

目指すは大人な夏休み。

計画としては
海に行く、そしてビールを飲む
CDを大人買いしてみる
ご無沙汰しているバーに顔を出して、大人な飲み方をする

…って、どこが大人なんだという突っ込みは重々承知。
い~のい~の。要は気分ですから。

ところで、本日は8並びの日であるせいか、なんだかいろんな記念日になっている(以下8月8日- Wikipediaより)。

ひげの日、デブの日、ひょうたんの日、白玉の日、プチプチの日、まるはちの日、フジテレビの日、笑いの日、そろばんの日、親孝行の日、屋根の日、パパイヤの日、ぱちんこの日、歯並びの日、おばあさんの日、関ジャニ∞の日、子ども会の日…。
これ全て8の語呂合わせ、もちろん日本のみ。
私が子供のころは、そろばんの日しか記憶にないんだけれど、それも1968年に全国珠算教育連盟が制定したものらしい。

ついでに、今日が誕生日の人も調べてみた。私が名前を知っている人たちですが、これまた出典はWikiです。
1933年-ロミ山田(へ~)、1937年-ダスティン・ホフマン(おお~)、1948年-前田美波里(ほほ~)、1952年-池畑慎之介(は~)、1960年-新井素子(知ってた)、1967年-天海祐希(知らなかった)、1967年-東野幸治(どうでもいい)、1975年-山下徹大(そうでした)、1977年-猫ひろし(ビミョ~)、1983年-金原ひとみ(あらら~)。
















そして、私(もちろんWiki未掲載)。そんなオチでした。おしまい。

[Web Log] / 04月07日 22:57

ダイヤモンド富士が見たかった。
自宅から徒歩20分ほどで富士山は見えるのだけれど、位置的にイマイチ。
しかも明日から天気は下り坂。見るなら今日しかない。
なんだかバタバタしている仕事も、ちょっとだけ隙間ができたので(作ったというべきか)
今日は天気が良かったら出かけようと思っていたのだけれど、天気予報に反して昼過ぎまで曇り空。
あきらめて資料整理なんかをしていたのだけれど、気づけば太陽が顔を出していた。

いっちゃえ〜。

で、江ノ島へ。お供は、買ったままで聞いていなかったMUSICMAN。
ものすごい強風の中、江のスパ前までたどり着いた。でも、けっこう雲もあるし太陽と富士山の位置も微妙…。
待つこと30分あまり。

きた。
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ああ、なんかすごいな。

ちょうど流れていたのが、アルバム最後の曲「月光の聖者たち(ミスター・ムーンライト)」

現在(いま)がどんなにやるせなくても
明日は今日より素晴らしい

うん、そうさ。

なんとなくすぐ帰る気になれなくて、そういや桜が見たかったんだと思い、江ノ電に乗って鎌倉へ。
本来ならばライトアップされていたであろう八幡宮の参道を歩く。
見上げると、桜の向こうに細い月が見えていた。

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BGMはエドウィナ・ヘイズの「コーヒー・タイム」。
いいなあ。贅沢だなあ。

なんとなく、解放された気分になった。

日常の中の小さな非日常。
ささやかだけど、ぜいたくな時間。
こんなときだから、よけいそう感じるのかもしれない。

[Web Log] / 12月25日 14:40

今日はクリスマス。

私が今年一番聞いたクリスマスソングは、ジョン・レノンのHappy Xmas (War Is Over)だ。これは、ジョン・レノンの没後30年ということで、ラジオなどでよくかかっていたせいもある。しかし私には、もうひとつ理由があることについ最近思い当たった。

私が最近、とても気になる人、それは戦場カメラマンの渡部陽一氏である。
その話し方ももちろんだけれど「本当に戦場カメラマンなの?」という疑問はあった。
バラエティではあるがその端々で、戦場のことを熱く語っており、実際にかなり危険な場所へいっていることも知った。ときには彼自身が撮影した映像がプロモーションビデオのように流れることもあり、そのBGMがHappy Xmas だったのだ。
この映像は、イベントなどでもたびたび使われており、私はYUOTUBEを含めて数回見ている。だから記憶に残っているのだろう。

その彼が初の単独写真集を出版するという。たしかに出すなら今がベストのタイミングだ。
出版記念のチャリティーイベントがあり、それが昨日のクリスマスイブだった。

以下、率直な感想。
○会場入りする本人を偶然見かけた。渋谷では当たり前にいそうな、紺のジャケットを着用していた。帽子はかぶっていなかったと思う、少なくとも例のベレー帽ではなかった。あの格好は衣装だとは思っていたが、もっとラフな、たとえばMA-1とか革ジャンとかが普段着だと思い込んでいたので、意外だった。スマートな普段着は、気づかれないための(ある意味)変装?。
○予想していたより、背が高く、華奢なイメージだった。
○観客が、意外とバランスよかった。学生風、OL風、サラリーマン風、同業者風、子連れママなどで、年齢もそこそこ散っていた。
○口調は、やはりおなじみの調子…というか、TVよりも一つ一つの言葉を区切りゆっくりと、ときにはオーバーアクションで、かなり抑揚もあった。芝居ががった口調だがよどみない。何度も言い慣れているからかもしれないけど、もしかしたら台本があって演技指導をされているの?であればかなりの長台詞だ。
○今回のイベントの収益はすべて「国境なき医師団」へ寄付するとの事だったけれど、1ドリンク付1,500円で、どの程度純粋な収益があるのだろうか。会場のセッティングなど必要経費は全て出版社持ちか?
○彼のカメラマンとしての力量は、どうなんだろう?私個人の感想としては、いいと思う写真もある。プロのカメラマンに、ぜひ感想を聞いてみたい。

と、まあ突っ込みどころはさまざまあれど。

彼の活動や立ち位置には賛否両論あると思うけれど、私は決して無意味なことじゃないと思う。
戦場カメラマンという仕事を広く伝えて、興味を持たせて、その先にある戦争、そして犠牲になる弱者に目を向けさせた。
それがたとえ一過性のものでっあったとしても、だ。

おそらく、今はマスコミに利用されているだけで、そのうち消えていくのだろう。マツコ・デラックスと同じ視点で、キワモノ扱いしている記事もあるしね。
多くの人は(もしかしたら私も含めて)このブーム的なものが去れば、彼の存在を忘れてしまうだろう。けれど、その中のひとりでもふたりでも、彼の発したメッセージを考え向かい合う人間が増えれば、それはとても意味のあることだと思うのだ。

彼の目は、真剣だった。
驚いたのは、最初こそ客席でフラッシュが光っていたものの、途中から一切それがなくなったことだ。
彼の話に、その真剣なまなざしや想いに、引き込まれていく様子が手に取るようにわかった。

途中で、質疑応答の時間が持たれたので思い切って手を上げると、運よく指名された。
もし、彼と話す機会があったら(そんなことは一生ないと思っていたのだが)どうしても聞きたいと思っていたことだ。

「賛否両論ありますが、ピューリッツァー賞をとりたいと思いますか」
「できることならとりたいです」と彼は言った。

トークは1時間弱で終了。
最後に、彼自身の手から参加者全員にサインつきの写真集が配られ、私の番が来たとき「現場では必ず助けていますので、安心してください」と彼のほうから言われた。
「笑顔の写真で、賞がとれるといいですね」と私が伝えると、
「最近はピューリッツァー賞も、その方向で動いているようです」と答えた。
握手したその手は、さらりと乾いていた。

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サインにまで戦場カメラマンと書くあたりが、ちょっと笑える。キャラクターとしてセットになっているのね。
もし、彼のキャラクターが本当に作られたもので、「ピューリッツァー賞のことなんか聞きやがってよ、あせったぜ。ほしいに決まってるじゃん、なあ」なんてあとで仲間内で話していたら、どうしようなんて一瞬思ったけど、ま、それはないな。ないと思いたい。そこまでは作られてないでしょ、さすがに(苦笑)。

このイベントに参加したことで、思い残したことが2つ。
手フェチの私が、彼の手をじっくりと見なかったこと。こんなに近くで彼の手を見ることは、本当にもう、二度とないだろう。
彼が東戸塚に住んでいるという噂があったのに、確認しなかったこと。
はい、どっちも、ミーハーチックな後悔です(苦笑)。

彼の写真が、プロのカメラマンとしてどの程度の領域に達しているのか、私には分からない。でも、うまい写真がいい写真とは限らない。
誰かが書いてたけれど、彼のすばらしいところは、被写体がおびえていないことなんだそうだ。戦場カメラマンにとって、それはとても強い武器なのだという。
彼にしか撮れない写真が、きっと、きっとあるのだろう。
戦場カメラマンは、ほとんどの人がそれだけで食べていくのは難しい、ヘビーな仕事だと聞く。この先、彼がどのように変わっていくかはわからない。できれば、マスコミに踊らされたり飲み込まれたりせずに、今のピュアな気持ちのままで戦場カメラマンを続けてほしいものだと、切に願う。

渡部陽一氏の想い、そしてジョンのメッセージが、世界中に届きますように。

Happy Xmas!

[コメント] / 12月29日 9:45

ちおちおさん、コメントありがとうございます。
なるほど、ピエロになる、ですか。本人もそのことはわかってるんでしょうね。
彼は、戦場カメラマンという職業がなくなればいいと思っているともいってました。そうなったら、学校カメラマンになるそうです。
向いてると思います。
ちおちおのコメント
[コメント] / 12月27日 19:56

渡部陽一さん、僕も大好物です。勢いやノリだけで、芸達者とは思えない芸人が氾濫している中、よっぽど彼の方が面白いと思うし、人として興味深いです。誰が発掘したんだろうか。
John Lennonとゆう人は、Ringo StarrやGeorge Harrisonに言わせると「水深を確認しないで飛び込むタイプ」で、そこにカリスマ性を感じたと言っています。朝思いついたことはその日にやらなくては気が済まない、それでいて人任せ、周りの人達は大変だったと思う。実際に、朝閃いた曲をその日に録音、完成させて、発売まで目論んだことも。世界的なロック・バンドのリーダーであることに加え、まだ前の結婚が解消されていない時期から小野洋子と行動を共にし、マスコミに書かれまくる日々の中、Johnは「それなら逆に利用してやれ」と平和の為のキャンペーンを行い、思いついたことを次々展開して行きます。新婚旅行代わりの「ベッドイン」もそれ。マスコミは二人がベッドでナニかすると期待し、大挙押し掛ける。John(とヨーコ)は、ゲストを招き「平和」に関する会話をし「平和を我らに」を録音、世界中にニュースと流されました。69年春。勿論彼らの意図したものが正確に伝えたメディアは少なかっただろうけど、自分達がピエロになり切り少しでも世界に伝われば、と考えていたのだと思います。Johnの勇気や決断力に感銘を受けたGeorge Harrisonは、インド音楽で恩がある東パキスタン迫害の現実を世の中に伝える為に(新しい国名の)バングラデシュ難民救済コンサートを開催、これが人類初の大規模チャリティー・ライブ。71年夏。その後の(是か否か別として)チャリティー・コンサート頻発に繋がります。
何かをやってみることに意義は深いけど、それを批判するのって、意義はないんじゃないかな。真剣に伝える方法とピエロになる方法、後者の方が取り上げられるのは間違いない訳で。
「Happy Xmas」を発売した二人はサブタイトルの「War is Over! If You Want It」のメッセージを主要都市に看板広告として掲げます。71年クリスマス。
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