湘南と全然関係ないかも日記
地域のこと?日々の出来事、感じること
 
Profile
ワンちゃん
12/2011
S M T W T F S
3
5
9
10
11
13
14
15
19
21
31
<< >>




QR Code
XML

1285480

iShonan BLOG! Top

© iShonan
 
 
[Web Log] / 12/30 23:57

朝、パソコンを立ち上げたら、こちらも壊れていた。
再セットアップ作業をして、復旧させる。
ネットを確認すると、他は正常なのにiSHONANのマイページだけ画面が黒い(T-T)
つまり、更新作業が出来ない(>_<)
何度か再立ち上げしたが、今もってダメなので、今回はスマホから打っている。
入力に時間がかかるので、来年からは他のブログ会社に移行しなきゃいけないかなあ、と考えている。
まあ、お正月に考えよう。

とりあえずパソコンを復旧させ、午後は 叔母の家に行く。
叔母は料理が上手で、得意の自家製ジャムやお正月の煮物をもらった。食べるのが楽しみだ。彼女は豆料理が好きなので、豆類も美味しい。
夕方、トイレから戻るとテーブルの上に焼き魚が置いてあった。
つまり、夕ご飯食べていきな、ということ。
その後、食べ切れないほどのおかずが並ぶ。
叔父が「うちは三人家族だけど、今は四人家族のような気持ちで食卓を囲んでいるんだよ。」と言う。叔父と叔母、そして従姉は仲が良く、ジョーダンがよく出て笑いながらの食事。

これは当たり前ではなく、叔父叔母が結婚した時に「互いに悪いところは直しましょう」と叔母が言い、よいところは褒めることをずっと続けているから。
叔父は「お母さんの料理を家で食べるのが一番美味しいや」と言い、叔母は「リクツを言わなければ(笑)お父さんは日本一いい男だ。」という。

更に叔父は「俺は母が俺を産んですぐ死んじゃったから、母親の顔を知らないんだ。でもそれを知らされず育てられたから、10歳で近所の人から(育ての)母と血が繋がっていないと聞かされるまで「母さん」って呼んでいたよ。
もっと大きくなって、気持ちはグレかけたけど、体が小さかったから出来なかった。辛く悔しい思いはたくさんしたけれど、お母さん(妻)と結婚してからは、ぎすぎすした心が治ってきたんだ。」

「俺は古いと言われても、男たるもの妻子を守り幸せにするのが勤めだとおもって生活している。」という。

従姉はそういう両親に「私はお父さんとお母さんから、愛情たっぷり注がれて育ってきたよ。」と言う。
従姉は子供の頃から何度も足を手術したが、今も車椅子生活だ。
世間ではそういう家庭を大変だとか、気の毒というけれど、私は互いを思いやり大切にしあう三人を見ていると、なんて幸せな家族だろうかと思う。

なまじか自分が健康だと相手も同じで、まさか明日死ぬなんて思わない。相手にも寿命があり心が通っていると想像出来ないと、自分の感情優先でここが悪いあそこが不足だ、あなたが嫌いだと口で態度で相手を攻撃する。
いて当たり前だと思うから、例えば子供には学力を要求し、学校に入れば次は部活動等の成績が加わる。良い就職先を要求したあとは、良い結婚相手。 孫…と要求ばかり。
人に「要求」出来るほどの立場は、本当に立派なのか?
そっちのほうがずっといやしいのではと、私はよく思う。

叔父の話を聞いていると家族に「要求」などせず与える一方で、努力して今の家族作り上げたことがわかる。
叔母を見ていると、母性、菩薩の心とはこういうことをいうのかと思うことがある。

従姉からは、言葉とは人を傷つける道具でなく、感謝を伝え仲良くするためのもの。
そういう生きかたの姿勢を彼らから教わっている。


[Web Log] / 12/29 23:58

昨日に続き今日も病院はコミコミ。
二科受診したので、今日の午後はずっと病院にいた。
内外から原因を調べたら、わかりやすいくらいストレスだった。自分でもおそらくそうであろうと、予測はしていたけど。

皮膚科受診の時(待合室)にはなかったのだけれど、内科の待合室にいると、様々な患者さんが行き来する。ワゴンで大量のタオル類を運ぶガラガラという音がした。暫くして似た音がしたので、次もそうかと思ったら移動式のベッドで寝たまま院内を移動する、鼻に管をしたおじいさんだった。

院内放送がかかり、専門用語を使う隠語だったが、直後早足で移動していく看護師さんがいた。

「別館どこ?放射線治療があるから」と言って、案内の職員さんにジョークを言い笑わせている男性もいた。
私の前の男性は奥さんが心配するから内緒で来ていて、娘さんが付き添いで受診していた。

私は無宗教だが、人間をつくった存在は、争うために人間を生まれさせ、健康(体が動く状態、口、手足が自由に動かせる状態)を与えてくれているわけではないだろうと思う。
働ける者は他人を助けるために、健康を与えられているのではないか。
何故、病人のほうが家族や職員さんといった他人を思いやるのか。

先生との話(診断治療)はもちろん有効だったが、まわりにいた人びとの姿もなによりの治療と感じた。

この年末は、様々な人からの学びが多い。
(院外)処方箋が出たはいいが、年末で多くの薬局・処方箋窓口が閉まっている。
処方箋の有効期限が1月1日迄なので、正直焦った。
自宅周辺と駅周辺を何時間か歩きまわり、7件めにしてようやくたどり着いた。
ここへ行くことが出来たのは、別の薬局のスタッフ(店は開いていたが、処方箋窓口だけ休み)が場所を教えてくれたから。

駅からやや離れた薬局に入ると、「今日は朝から処方箋窓口が混んでいてね、遠くからおみえになる方も多いのよ。お客様、いいタイミングでいらっしゃったわ。ずっと混んでいたから。」
薬剤師だから、薬で私の状態がわかるのだろう。体調を気づかう言葉をかけてもらい、安心した。

私はこれ以上悪くなることはないだろう。私より深刻な病を抱えて生きている人はたくさんいる。
病のある体で、私より思いやりをもち、人に接している人だってたくさんいる。
それがわかれば、過剰な被害者妄想になることはない。(なれない)
現状をみて、淡々と治すのみ。


[Web Log] / 12/28 23:59

体中に発疹ができて、病院へ。
今月は非常に忙しく、職場の皆さまの八つ当たりもピークに達していた。
それでも、人に当たらなければやってらんないほどなんだなとか、小さな事で感情的に声を荒げるほどストレスを抱え気の毒な人だとか、オニババアのような顔になるんだなと客観的に見ていたつもりなんだけど、とうとう限界になってしまった。
あっちこっちから、当たられ、悪口も聞こえてくる。
仕事の注意にかこつけて、感情を全身でぶつけられると、さすがの私でもこたえる。

言い返せない場面で当たり散らす人がいて、27日は怒りと激しい痒みで眠れなかった。
病院ではとりあえず、痒みをとる処置をした。
このようなことはどこでもあり、たいしたことではないはずなのに、心の中のなにかが、ガラガラと音を立てて崩れてしまった。

当たるほうは一回だしとか、少しだしとか、仕事の注意は出来ないほう(私)が悪いのでして当然だ、自分は正しくて注意するに値する人間だ、と思ってやるのかわからんが、されたほうはこうなるんだよ、ということを明らかにしたいと思い今日の記事を書いた。
思いやりからの注意や、組織をよくしようとしての注意は相手にそれとわかる。
やりたい放題はマズイ。自分にも、組織にも。


[Web Log] / 12/27 23:58

芝居のあとは、水天宮前へ移動。
TSUKEMENといちむじんのライブ。

今日は3列目の左はし(ケンタ君側)だったので、ケンタ君とスグル君がピアノを弾く手元がよく見えた。
ま、ずっと右向き加減で食い入るように、時には前かがみになってみていた。

始まりは『BASARA』のコラボ演奏。(いちむじんの)ギターがはいるアレンジは勢いは失わず奥行きが出ていい。新鮮だった〜。
また機会があれば聴きたいな。

さて感想は順番に。まず、たいちゃんから。
『DESIRE』は、いちむじんとたいちゃんが演奏した。
いちむじんの曲なのに、たいちゃんが一番目立つと感じたのは、彼が真ん中にいたから?
TSUKEMEN3人の時には気づかなかったけれど、大陸君には華があるなぁ。
習い身につくものではなく、元からあるとしか言いようがないんだけど。
それに彼は非常にファンに対して気を使ってくれる。
ほんの少しの様子(態度)でも、素直で優しいものが伝わってくる。目がいい。
(さださんのファンからはいらなくても、接するうちに)応援したくなっちゃうものが彼にはあるね。

次はピアノのスグル君。
嬉しかったのは、優くんのピアニカ登場〜。先日行ったNYで、路上演奏に使っていたとあったので聴いてみたかった。年末に夢が叶い、大満足!
彼はいつも明るい。笑顔がいいんだよね。疲れていても、彼のピアノと笑顔に元気が出てくる。

最後はケンタくん。
いちむじんとコラボ演奏した『ゴッドファーザー愛のテーマ』の演奏は見事だったなぁ!
来年は更に演奏に磨きをかけたいそうで、演奏の時の表情といい、こういう目標といい、ブログの文章を一番書いているところからして、彼は内部表現が豊かなんだなぁと思う。
そういうところに共感しているので、応援している。

さて、右隣に50代の夫婦がいて、奥さんがいちむじんファンらしい。いちむじんの曲になると顔より上で拍手(笑)。
いちむじんのトークへの反応がやたらいい。
お父さんはお付き合いのようで、まま小さな拍手。
しっとりした曲の演奏には首かじっと下を向き、眠りそうになっていた。
反応も静かで、気にいると赤ペコのようにゆっくり首を縦に振る。

…だったんだけど、たいちゃんのヴァイオリンでガバッと起き上がった。目が覚めたらしい。
ヴァイオリンがお気に召したようで、大陸くん、ケンタ君共にヴァイオリンの独奏では、赤ペコが高速でブンブン連発、「おおっ!」と感嘆、拍手の振りと音が大きくなっていった。
…という様子が、なにせ右方向を見ているので、目の端にはいってくるんだよね。
そのお父さん、アンコールもおわり最後に奥さんへひとこと。
「TSUKEむじん、いいねえ!!」


[Web Log] / 12/26 0:35

エディット・ピアフの人生に関わった男性たちが語る芝居の、彼女のエピソードはどこまでが事実かはわからない。
なので、その芝居のストーリーから私が感じたエディット・ピアフ像というのは果たして正しいものかもわからない。そういう前提で、自分なりの見方はこうだった、というのが今日の記事。

エディット・ピアフは非常に多くの男性から愛された女性で、むしろ男性のほうが彼女に振り回されたり、静かに支えるという陰の存在だったようだ。
振り回されても、影で想いを伝えず支えるだけでも、結果別れても、男性のほうが幸せだったのかな、と思った。
乾いた大きな空洞のような心に、与える一方でも。

話しはチョットそれるけれど、よく「モテ〜」とか「姫」とか聞くけれど、自分がホイホイされても仕方ない。
自分「が」好きになれないと(与えることが出来ないと)人生はむなしいと最近思うようになった。
若い頃は傷つくのが怖くて、自分の想いより多く相手に好かれたいと思ったけれど、仮にその恋愛がダメになったとしても、自分が相手を思いやる経験のほうがずっといい。
そのあとの人生に深みが出ると思う、今はね。

話しは戻り、愛されても、大切にされても、自分がそれをきちんと味わい、自分からも出せないと幸せにはなれないのだな、と物語から感じた。
何人もの異性から、愛され支えられている現状を正しく認識し、「もっともっと」と求め続けるのを一旦止め、有難いとか、幸せとか…を味わう時間をもたなければ。

何かを埋めようと相手に求めても、他者にはなにも出来ない。
どんな状況であれ、自分の幸福さに気づいて、自分の心を潤すのは自分しかいない・・・。

男性は、その時自分がパートナーであっても、寂しかったのではないかなと思った。
いくら愛しても届かない。
それでも、ある意味一方通行でも、自分から愛せた経験、それを幸せというんじゃないだろうか。

物語の最後で産んだ子供を捨てようとした女性と子供をエディットは助けるのだけど、そういう人類愛? 的な感情をパートナーにもてれば、どうなっていたのかな。

・・とここまで書いてみたけれど、エディットが悪いと言っているんじゃないよ。
同じ女性として、これは辛いなとか、キツイなという時にそっと寄り添える人がいたら、という気持ちはよくわかる。
辛い出来事があればあるほど、そういう願望はでてくるのだろう。私が彼女の立場だったら、同じように行動したかもしれない。

アドバイスなどいらない、何も言わずそっと寄り添ってくれるだけでいい。そんな存在。
女性をリードしようとするのでなく、そっと包み込む、支えるのが本当の男らしさかと最近思う。
言いたいことはあっても、そこをグッとこらえ聴くに徹する。ね、ステキじゃない?
(と書いているところで、BGMはTSKの寄り添い曲「風の記憶」、お見事!(笑)


[Web Log] / 12/25 22:33

名古屋・岐阜から戻り、今度は芝居とこれまた忙しい(笑)
ネタバレになるので昨日の記事には書けなかったけれど、行ったのは24日ね。(芝居は今日、25日が最終日)

エディット・ピアフの人生に関わった男性たちが語る芝居で、あえて?!少人数しか入らない劇場で行った。
・・ということは、役者と近いったら〜。

大変申し訳ないことに、私はミュージカルや舞台(芝居)の観劇趣味がないため、役者(名)をよく知らない。
ミュージカルの世界は、なんと市村さんしか知らないの。それだって友達が好きだったから知ったわけで、観に行ったわけではない。(ゴメン)
・・というレベルで、いきなり本物の俳優の演技を間近で見せられた。

エディット・ピアフのことも実は知らず、実在の人物と劇中で知った。またパリというから、フランス人の歌手なのかと(苦笑)。

さて、やり直しがきくTVと違い、舞台で演じていた人の凄さは、隙がないということ。
爪の先まで(演技の)神経が通っていると思った。
爪や指の関節の曲がり具合、靴のつま先まで演技をしている。(語らずとも、何かを語っている)
名を知らぬ一流の俳優サン(本当に申し訳ないです)なので、初めて観るはずなのに場面にグイグイひきこまれていく。
背中にも脇にも目があり、演技する自分の顔のシワの深さや、服のシワの寄り具合まで見えて演じているのかと思ったくらい。
観客は前後左右におり、どこから観てもそこがベストアングルの演技。全身隙がない。一流って凄い。

また演技(語り)と唄が交互にあり、非常に集中しているのがわかった。
間近で真剣に、集中して仕事をする様子から、私はなんて自分のいる場(職場)が幼稚なのかと嫌になってきた。
自分だけにわかる態度に暗い気持ちになり、逃げたい気分になる。そういうことをやる大人、それを真に受けて悩む私。
なんてレベルが低いのだろうか。

他の志向の隙がはいらないくらい集中して、その瞬間を真剣に生きる(芝居で人生の時間を使う、表現する)人がいる。
自分はどっちのほうに行きたいのか、どういう風に生きたいのか。おのずと答えが出てくる。
私も、わき目をふらず、悩み漏電せず、真剣にいくほうを選びたい。
あまりに自分との時間の使い方の違いを見せられ、恥ずかしい。情けない気持ちにもなった。
このレベルの低い日常から離れたい、そう思った。
一流の、真剣にその瞬間瞬間を過ごす(使う)人からは、話しをしなくても伝わり教わるものがある。


[Web Log] / 12/24 23:54
BlogPic
中部地方に行くことが決まった時から、リー様(伊勢白山道の著者)もこの中部地方のどこかにいらっしゃるのね! と思ったら嬉しくなった。(単純〜)
名古屋のミッドランドスクエアで写真を撮る人は多いが、岐阜駅前で平日に写真を撮っていたのは私くらいだった。気分は完全におのぼりサンで、街ゆく人々が静かに歩き過ごす中、やたら気分が盛り上がっていた。

さて、岐阜駅にある観光案内所でパンフレットを何種類ももらってきた。
まちなかのフリー冊子もあり、岐阜初心者には満足の情報量。
そのなかの1冊『ええ旅ぎふ気分』に載っていたゆるキャラ「のぶさま。」が気に入ってしまった。
岐阜公園で会えるらしい。かわいい・・。
のぶさま。参上!(ブログ

そう、ここは織田信長公の岐阜城のあった所なんだよね。昨日のブログの写真2枚目、岐阜新聞の手前に見えるキンキラキンの銅像は織田信長公。
神奈川東部に住む私には、街中にお城があることが新鮮!
いちいち感動する。

岐阜は、時間をとって改めて行きたい場所になった。
実は(日本のぶ厚い焼きの)陶器が好き。陶器をじっくり見て集めたいし。(美濃焼)
今私のもとにあるのは、岐阜の人からもらった「飛騨のさるぼぼ」。
岐阜に好感をもってしまった私には、なんでもかわいく見える。
帰宅してから家族と「ぼぼちゃん」と呼んでいたところ、昔長崎出身の同僚から「ぼぼ(って、女性は)言うな」と顔を真っ赤にして止められたことを思い出した。
意味がわからぬので平気で言い、結局彼らに意味は教えられぬまま今に至る。
なんとなく、もしかして?? と浮かんだことはあるけど。
神奈川県民しかいない家ではいいけれど、外に向けてはダメかしら。


[Web Log] / 12/23 23:57
BlogPic
BlogPic
BlogPic
東海道線で名古屋から岐阜までは20分ほど。近い。
・・にもかかわらず、かなり人出が違う。
なにせ岐阜の人口は神奈川の4分の1だから・・。いいね、人が少なくて。
なんだけど、カフェが多い。日本で一番多いんだって。
350円でモーニング:コーヒー、パン、ヨーグルトがつきます、と看板があったのには驚いた。どうも、それは普通のようだと知り、更に驚く。チェーン店じゃなく、個人の路面店でだよ〜。

駅前は静岡と10年前の新横浜に似て親近感。
滞在出来る時間は短かったので、サラッと駅のまわりを歩く。
岐阜バスの案内員さんに「〜へ行きたいんですけれど」と行き方を聞いたら丁寧に教えてくれた。
人がカリカリしていないのはいい。

遠くへはまわれないので、駅のビルをいくつかみる。
駅前のビルの3Fに陶芸や家具、お菓子、服といった作家の作品展示販売をするエリアが出来ていた。
商品・作品は、非常にステキなものばかり。

ここの他にも作家が作品を販売出来る集合店舗があり、雰囲気として(若手)作家を育てていこうとする土地なのかな??と思った。
岐阜に住む人から、都市部以外に住もうと思ったら働かせてもらおうでなく、自分から仕事を作る意欲が必要と聞いた。
作家でも自営でも、自分から、確かにそういう能力は必要・・。

県内の名産品をまとめて見る場所に行きたかったのだけど、時間がなく今回は断念。
パンフレットで見る限り、陶器や紙製品、家具や傘、団扇、昔からの製法で作り続けるお菓子・・など、文化に厚みがあるなあと感じた。
継続し続ける、というのが凄いと私は思う。

もっと時間をかけて、多くをまわりたい県になった。気に入った〜。


[Web Log] / 12/22 23:59
BlogPic
バタバタと名古屋に行くことになり、慌ててチケットを手配。
名古屋に9:30チョット前に着く新幹線はビジネスマンばかりで混んでいる。
(会社、打ち合わせ場所が駅近くであれば、10:00に余裕で間に合う。)
皆、全身真っ黒。(黒のコートに黒のスーツ、ビジネスバッグもみんな黒で、まるでお揃い〜)
営業事務の頃も、ウマイのお客様が名古屋だったので、よくこの便を手配していたなあ。

さて、名古屋に着いたら人・人・人・・・。
人ばかりなのはいつもだけど、以前より増えた気がする。
ミッドランドスクエアに用事があり、約束の時間までカフェで過ごす。
場所が場所(トヨタのビル)なので、大企業にお勤めの人なのかな、と思ったのは隣の人たちの延々と続くあちこちの国名が出る海外旅行の話し。
ま、そんな話題はどこでもあるけれど、チョット感じたのは、3.11の影響(揺れ)がほぼない所にいたら震災は他人事なのかな!? ということ。
つまり、危機感がないんだよね。
警戒心ほぼゼロで、万が一東海、東南海地震が起こったら、あれだけの人はどうなるのだろう。東京と変わらんもんね、人出が。

私など名古屋にいても、ここは標高が低い云々と、そんなことばかりを考えている。
常に自分のいる所を気にするクセがついてしまった。

さて、ファッションビル側は大きなクリスマスツリーがキラキラしてきれい。
多くの人が写真を撮っていた。

そんなきらびやかな名古屋から、東海道線大垣行きに乗り、次の駅の尾張一ノ宮へ行く途中の風景は、名古屋から離れてまもなく高層ビルがなくなった。
東京のイメージでいたので、名古屋の隣の駅まではずっとビルばかり、と思っていたら畑も戸建ての家も見えた。
良い悪いでなく、地方都市というのはそういうものなのか、と思った。
そうそう、車窓から庄内川が見えて(新幹線だったか東海道線かは忘れた)、堤防?があるのかないのか分からないなぁ、これでは地震があったら余裕で住宅地へ水がいくなと思った。コワイ。
イメージとしては、東海道線から見える川崎駅近くの多摩川のよう。

地震と雨があったらどうなるかと、そんなことばかりを考えて電車に乗っていた(苦笑)。
次は岐阜の話しなんだけど、一旦今日は終わり。


[Web Log] / 12/20 23:55

友人K君の舞台が間近。劇団のブログを見たら出演者紹介を連載していた。
それも写真つきで。

稽古がハードなのか、夏のままなのか、K君の頬がほそりと、面長の顔がよりそう見える。
いつもは本物(生)のK君を見ているので、PCの画面のブログ上で見るのが不思議に思える。

なんだか有名人になった気分でこちらが嬉しい。
当日はなにを着ていこうか。
芝居を見ながら、ドリンクサービスがあるんだって。

午後一で芝居のあと、夕方からはTSUKEMENのライブ(笑)
いろいろ忙しいのだけど、今から楽しみ♪


湘南
Log In
iSHONAN
iSHONAN BLOG
Forgot Password
Register
日本語