目が覚める。
部屋は外光がまったく入らない構造にしてあるので、朝だか昼だか夕方だか、にわかには分からない。
だいたいからして、何時に起きなければならない、なんてことはめったにない人生を送っているので、特に起きる必要もないのだけれど、やっぱり自然と起きてしまう。
起きるけれど目はつむったまま。
「あと6分寝ようと思う」
そして6分が経ち、もう6分このままでいるかと思う。
こうして、僕の場合はほぼ毎日6分という単位で起きるか寝ぼけるかを決定することになる。
それは「江の電」が通る音。
睡眠が浅くなり、ある瞬間江の電の音が聞こえて目が覚める。
音の聞こえる方向からそれが藤沢行きか鎌倉行きかは判断ができる。
上りと下りの間隔は6分と決まっている。
だから「さてと、次の上りで起きるか」という具合に決心する。
それでもまだ目はつむったままだ。
手探りでiPhoneに手を伸ばし、Siriに時間をきく。
「いま何時?」
「12時23分です」
時には、
「○時○分です。ハッピーハヌカー!」などと訳のわからんことを言う。
(どうやら、ユダヤ教のクリスマスみたいな祝日のことをそういうらしい)
機嫌のいい時には、
「次の時報で時刻は○時○分です。ピッピッピッ、ポーッ!」と口時報付きで教えてくれる。
かと思うと、夜中に時間を聞いたりすると、運がいい時には、
「1時27分です。おやすみなさい」と言ってくれたり、
「随分遅いですよ…○○:○○分です」とか、
「○○:○○分です。思わずあくびが出そうです」
なんてお茶目なことを言ってくれたりすることもあったりして、そういう時は思わず「おー、ラッキー!」とつい喜んでしまったりする。

さておき、
今日はつれない返事、単に「12時23分です」と言ってくれただけだ。
つまんないの。
とにかく目は覚めたけれど、まだ真っ暗なので、手探りでタバコとライターを探し出し、手探りで昨日の晩飲み残したコーヒーを手に取り慎重に一口飲む。
なぜ慎重なのかと言うと、寝しなにコーヒーカップを灰皿代わりにしたことをすっかり忘れて、タバコ入りコーヒーを過去に五六回飲んだことがあるからだ。
よかった、今日は大丈夫そうだ、、、。
タバコに火をつけ、またコーヒーを一口すする。
さ〜て、すっかり目も覚めたし出掛けるとするか!
どこへ? 何しに?
決まっちゃいないが、人間は起きたら着替えて顔洗って歯磨いてどこかへ出掛けるものだ(笑)。
「あっ、セブンイレブンでドリップコーヒー飲んでホットドッグ食べよう!」
それがまずは今日の第一目標となったので、いざ出発!

アパートの部屋のドア前の極狭スペースに110ccスクーターを置いてあるので、外に出る時は左右5センチ程度しかない空き幅を慎重に確認しつつバックで出なければならない。
最初のうちは出ようとする度に何度も切り返さなくてはならず、それでも左右どちらかの鉄骨の柱にハンドルをぶつけたり、それをうまく避けようとすると反対側のボディをプロパンガスのタンクで擦ったりと、それはなかなか大変な作業だった。
ところが、こういうことはいつしか自然とコツをつかんだりするもので、しばらくすると一度も切り返すことなく、しかも左右5センチの余幅をピッタリと残して一発で出られるようになるからとっても不思議。
それでも体調が悪いせいなのか? 10回に1回くらいは上手く行かない時がある。
1センチ以下ぐらいの誤差で、どうしても通り抜けられないポイントがあって、仕方なく切り返すのだが、そういう時は自分でも驚くほどイライラして、「クソーッ!」とか「ゲーッ!」とか、かなり大きな独り言を発してしまう。
その日もまさにそれで、「ウガーッ!」と一唸りしてハンドルを切り返し、とても嫌な気分でバイクを道路まで引っ張り出した。

部屋の前の道路はなだらかな坂道になっているのだが、坂の下の方からよく似たキャップをかぶった小学3年生くらいの男の子二人が、何やら楽しげに歌いながら? こちらに向かって歩いて来た。
何を言っているのかよく聞き取れなかったのだが、どうやら「太陽電池」と言っているらしかった。

太陽電池という言葉によくわからんメロディーをつけて元気よく歌い上げている。
「ん? 太陽電池?」
何だろう? ひょっとして反原発チビデモ?(笑)
気になって仕方ないのでつい呼び止めた。
「ねぇねぇ、何て言ってるの? 太陽電池?」
歩みを止めて一人が答える。
「うんうん!」
「何よ、太陽電池って」
「だから太陽電池だよ〜、学校の宿題で作ったんだよ」
「へ〜、いいもの作ったんだね〜! どんなものよ」
「えっ? 持って帰って来たよ、、、これだよ!」
そう言ってその子はランドセルを道路に置くと、中をかき回してそれを取り出し、ひょいと頭上に掲げて見せた。
それは銀色の折り紙を段ボールか何かの厚紙に貼っただけの粗末なものだったが、とりあえず褒めておくことにした。
「なるほど〜、それが太陽電池かぁ、すげーなぁ」
「僕のはこれだよ〜!」
そう言って、もう一人の男の子がランドセルから取り出したものは、20センチ四方くらいの単なる段ボールの板のようなものだった。
というよりまさに段ボールそのもの、銀紙が貼ってあるでもなく、、、、。
ところがびっくり!
それは飛び出す絵本のような構造になっていて、左右に広げると厚紙で作った立体的な小さな家が出現し、その屋根の部分に銀色の折り紙が貼ってあるではないか。
え〜? 小学校三年生くらいでこんな複雑なものができるのかと疑問がないわけではなかったが、「お前ズルして誰かに作ってもらっただろ」、、、なんていうのは野暮というもので、、、よく見ると切り取った段ボールのエッジがぐにゃぐにゃ曲がっており、いかにも子供が慣れないハサミを使って切ったようにも見え、やっぱりこの子が自分で作ったのだろうと確信するに至った。
となれば大したものだ。ひょっとしたら実際の飛び出す絵本を参考にしたのかもしれないが、それでも家の展開図を考えて、とっても上手く出来ている。
「すげーすげー! よく出来てるじゃん。それ、ソーラーパネルなんだね!」
「え〜? だから太陽電池〜!」と言ってニコニコ笑う。
「それにしても、チビのくせにうまいな〜」
そういうと、最初に見せてくれた男の子が急に不機嫌になって、僕の顔を睨みつけるようにして言った。
「ねぇねぇ、おじちゃん、このボロい家に住んでるの?」
いやぁ、来ましたねぇ、直球で。
いかにも子供らしい清々しさだ(笑)。
「ははは、確かにボロいわ。じゃあね、ボロいボロいって10回言ってごらん」
その子は指を折りながら早口で言い始めた。
「ボロいボロいボロいボロいボロいボロいボロいボロいボロいボロい」
言い終わると「でっ?」というような顔つきで僕を見る。
「よくできました! じゃあバイバイ〜!」
バイクのエンジンをかけ、「???」を子供たちの頭に置き去りにしたまま、さっさと走り出す(笑)。

あの子たちが40歳くらいのジジイになった時、果たして原発はどうなっているのだろうか?
日本は本当にこのままでいいのか? たぶんそれ相応のツケを払わされることになるんだろうなと、そんな考えが一瞬浮かんだが、すぐに消え、頭の中はセブンイレブンのホットドッグとドリップコーヒーで一杯になった。




高瀬がぶん