大物実業家・原田(柄本明)
「戦争で負けて、この国にはどでかい穴が空いた。
 その穴を、これからテレビジョンが埋める。
 かつて我々が信じるものとされていた、仁義、礼節、忠誠、そういうなんもかんもが全て灰になった。大衆どもにはそれが不安でたまらんらしい。一種の癖だ。
 みんな血まなこになって次にすがるべきものを探している。
 だけどワシは、それは癖そのものを直せばいいのだ。せんないことに思い煩わせるのをやめ、ただただテレビジョンを見る。プロレスに興奮し、音楽と共に踊り、落語に笑えばいい。頭を空っぽにするのだ。ただ空っぽに。
 そこにテレビジョンという風がながれてくる。悩みを忘れ笑いと興奮に……」
私立探偵・増沢(浅野忠信)
「正気ですか!? この国の頭を空っぽにして回る。正気でそれが自分の使命だと?」
原田
「悪いか? 澱がたまるよりは、空っぽの方がずっとマシなんだよ」
増沢
「冗談じゃない。植えた子供に酒を与えるようなものですよ。なるほど、苦痛はまぎれるかもしれない。頭という頭がすべて空っぽになるんですからね。
 でもそれは、人間にとって、この国にとって、最も大切なことを奪いつぶして回るということじゃないですか」
原田
「そのお前の頭こそ、ゴミためって言うんだ。
 ご立派な高説で腹がふくれるか? お前のような男こそ、100人いたってガキひとり食わせられねーんだよ。能なしのくそったれは、今すぐこの国から追放してやろうか? バカヤロー!」
(HNK土曜ドラマ「ロング・グッドバイ」5/10放映より)

NHKで放映中のドラマ「ロング・グッドバイ」第4回放送の、私立探偵増沢と大物実業家・原田とのやりとりだ。原田は新聞社や出版社を複数抱え、テレビ局までつくった大物実業家。政界への進出をもくろんでいる。時代設定は、まだテレビが一般家庭に普及しておらず、これから高度成長期へと向かうあたり。
このやりとり、妙に胸に刺さってしまった。

チャンドラーの「ロング・グッドバイ」とは、ほど遠いものだと思っていたけれど、どこかに共通して流れるものがあるのかもしれない。
もう一度、原作を読み返そうと思った深夜であった。