K先生から退院の話が出た母は「まだ、ここにいたいなあ」という顔をしていた。
理由のひとつは、入院前に私が「病院の栄養士さんに何を食べたらいいか聞いてきなよ」と言ったことにある。
元気になったからこそできる、栄養指導の機会を楽しみにしていたのである。

利き腕が3倍に腫れたこともあり、K先生に「大事をとって1日、2日入院を延ばしてもらえませんか」と(ある意味無茶な)お願いをした。
1日でも延びれば、栄養指導の時間がとれる。

栄養士さんとの勉強会には私も同席した。
「今までどんなものを召し上がっていたんですか」
「朝は少しの野菜と、くるみパンにピーナッツバターをつけて、昼は忙しいと同じメニューで。夜はほとんど煮物です」
ようは、入れ歯の調子が悪くなってきて硬い物が食べにくくなり、柔らかく好きな物だけを食べていたという。
それ以外にも母の食べ方の偏りが明らかになった。夕方お腹が空いた時に、おせんべいや甘いものを食べていたという。

貧血の原因は別の理由なのだが、栄養士さんは「食生活に貧血になりがちな習慣がありましたね」と優しく指摘した。
ようは、量食べないうえ栄養も足りていない。
この食生活が先なのか、出血していたから気力が減退し、食事が作れず栄養が足りなくなっていったのかわからないが、栄養的にも貧血サイクルにはいっていたことがわかった。

入院前、確かに母は私からみて、気力が足りないように感じていた。
何でも「無理だ」と諦めてしまう。
まあ、病気は別にして、あの父と一緒ではそのような思考になっても仕方ないけれど。

栄養士さんは「基本的にはなにを食べてもいいです。毎食揚げ物が続くような食べ方はダメですが、今の目標は3食、食事をすることです」とおっしゃった。
母も私も退院後は厳格な「栄養管理」が始まるのかと思っていたから安心した。
書店に並ぶ『〇〇の食事』本に従って、メニューを組まないといけないと思っていたから。

弟はこの話を聞いて「入院前、本人が貧血の原因は偏食とストレスだと言い張っていたけど、ある意味本当だったね。そうなると、ストレス部分をなくさないといけないってことだけど」と言った。

 栄養指導の翌日、母は退院した。
弟は仕事で車を出すことが出来ず、病院へは叔父と叔母が来てくれた。
叔父は「俺の奥さんの姉さんなんだから、俺の姉さんだ」「自分に出来ることは運転くらい。遠慮せず、いくらでも使ってもらっていい」と言ってくれた。
弟には「頑張って仕事しているんだからそれでいい。仕事は大切だよ。自分が手助けできるから」、私には「娘がもう一人できたようで嬉しい」と力になってくれている。

 弟の家に向かう車の中で、母は病院の様子を話しだした。
同じ病室の人たちは入院が何回目かで、病院慣れしているという。
スタッフの方々にも気軽に声を掛ける。
例えばこんなふう。
「あなた忙しい仕事で、家で奥さん大変ね」
「いや、僕独りなんですよ」
・・なにせ暇なので、この調子でありとあらゆるスタッフに「あなた、独身?」とリサーチしているという。
「あら、私は娘が成人しているんですよ」という看護師さん、「僕はまだ独身で・・」という先生。

私は一瞬青くなった。これって、ある意味“セクハラ”じゃん?
「お母さんは聞いていないよね・・・。プライバシーに踏み込むようなこと。まさか、先生には・・・」
「私は聞かないよ。でも、別の人が聞いてた」

・・・担当患者の病に対応するだけでなく、患って「いない」おしゃべりな口にも対応しなければいけないなんて。医療従事者ってタイヘンだなあ、と思った。
私は、バアサンたちの元気過ぎる、このお口こそどうにかならんかね、とふと思った。

(もうちょっと、つづく・・・)