弟と、母に内緒で入院の手続きをしてしまえと話合った。
手続きの日、主治医となるK先生に「ガンの他に可能性がある病気ってありますか」と聞いてみた。娘として“可能性(もしかしたら)”とはいえ、ガンはショックな病名であったから、楽な気持ちになりたいのが正直なところ。
「(貧血を引き起こすことに対しては)まれに栄養失調がありますが・・。現代では確率が低いですね・・」
とおっしゃる。

ガンだとハッキリいわれるのが怖いから入院を渋るわけで、これを逆手にとることにした。
母に「栄養失調もありえるってさ。つまり偏食ってことじゃん? お母さん、朝はパンにピーナッツクリームつけて、昼も忙しい時はパンかお菓子。栄養って糖分しかとってないよね。
栄養の偏りでの貧血はありえるんじゃない? インスタント世代の若者ならともかく、まさかお母さんの世代でお菓子を食事にしてしまう人がいるとは、先生も思わないんじゃないかあ」
私はやや強引に「病院の栄養士さんにどんな食べ物食べたらいいか聞いてきなよ。入院してさ」と、かく乱作戦に出た。

つまり、何度も“偏食”と“栄養失調”を繰り返してガンでなく栄養の問題かも! と洗脳したのである。
母は血の量が少ないことを忘れ、栄養の偏りと思いこみつつあった。
「確かに私は偏食だな・・。あと(父が口うるさくて)ストレスもある。貧血はストレスからくるかもしれない!! そうだ、ストレスだ!!」と言い、入院の荷造りを始めた。

翌日、母には内緒で診察予約をしていたK先生との約束の時間。
入院期間は約2週間といわれていたから、3つになった荷物を持って診察室へ入った。
しめしめ、ここまでこぎつけた。

K先生はなんでもないふうに「その後、体調はどうですか」と話し出した。
「体調はいいです。私は元気ですから!」
「まあ、うらやましいね」
先生は穏やかなスローテンポで話をする。おっとり優しい雰囲気をつくりつつ、話は入院へもっていこうとしているようだ。

 世間話が始まった。
「ご趣味はあるんですか」
「週1回踊りに通うのが楽しみなんです」
「いいですねえ」
「はい。私は健康ですから!」
母はやや上に顔を向けて、自慢するように繰り返した。
「私は毎日出かけてもいいくらいなんです。それから、旅行にも行きたい!!」
「行ったらいいですよ。もっと元気になってね」
「旅行は年に数回行ってもいいくらいです! もっと長生きしなきゃいけないんです!」
「そうですねえ。入院してまずは輸血してね」
「えーー、でもぉー、まだ私は入院は」
荷物を持って診察室に入ったくせに、この期に及んでゴネている。
「では、まずは1週間くらいでどうですか。一応、1週間にしておいて、もしかしたら少し長くなるかもしれないけれど。それで様子をみてみませんか」
「1週間ですか。まだ気持ちの整理がぁ〜」

いつ終わるともかわからぬ、ゆるゆるとした二人の会話に、私がじりじりしてきた。
「お母さん、入院してもいいって今日出てきたよね。こうやって荷物持ってきたじゃん!」
「でも、私は元気だし」
「顔、白いよ。ね、娘さんもそう言っていることだし、入院しましょう。にゅ〜〜いん!」
私は間髪いれず言った。「先生、お願いします!!」
「では、部屋を探してもらいましょう。空きがあるかどうか。では、一旦待合室に出られてお待ち下さい。」
「えーーーーーー」

 診察室を出てから私は言った。
「お母さん、先生困ってらしたじゃない」
「もっと困らせたいよ」
・・・データ上は死んでいてもおかしくないのに、口は達者だ。

待合室にいると、打ち合わせ通り「部屋、空いていました」と声を掛けられる。
すぐに病室へ行くのかと思ったら「では、これから血圧を測ります・・・」と検査室を案内された。

検査後、用意されていた病室へ行く。荷物をロッカーに入れ終わった頃、看護師さん、薬剤師さんたちが順番にいらした。
看護師さんから「入院はしたことありますか」と聞かれ「病院へは行きませんから。入院は出産以来です」と答える。
薬剤師さんから「合わないお薬はありますか」と聞かれ「私は薬を飲まないんです。風邪なら薬を飲まないで治しちゃうんです」と、堂々と答える。ここは病院なのに・・・。

まあ、医師の目の届く場所に行ってくれて安心したけど、いやはや、これからどうなるのかなぁ~。
つづく・・・