ダイビング

海は地球表面の三分の二を占めている。
だから海を知らなければ地球の三分の一しか知らないことになる、ってか。

バリ島の沖合で起こったスキューバダイビング中の事故。
この事故は、ドリフトダイビングで合流ポイントで浮上したが、待っている筈のボートがどこにもいなかった、ということから始まった悲劇であった。
このニュースを聞いて思い出したことがある。

昔々あるところにでしたとさ。
そのぐらい昔の話しだけれど、友達夫婦と僕ら夫婦の4人、もっとも両組とも離婚済み(笑)が、スキンダイビングにハマっていた時期があって、しょっちゅうあちこちの海に潜りに行っていたことがある。
といっても基本的に近場が多く、稲村、江ノ島裏の岩場、葉山の名島、一色海岸などをウロウロしているだけだったが、どこも透明度がせいぜい4〜5mほどしかなく、常に不満を抱いている状態が続いていた。

飽くまでスキンダイビングが目的で、スキューバダイビングをする気にはなれなかった。
そもそも湘南の海でタンクをつけて自由に潜れる場所なんてないからだ。
あるとしてもダイビングスクールが漁協から許可を得た極めて限定的なエリアしかない。
それじゃ面白くもなんともない。
それに、このへんの海ではタンクどころかウエットスーツ着てスキンダイビングしているだけでも、漁師さんたちから怪しい目で見られるのが実情である。
要は、トコブシやサザエやたまにアワビやタコなどを勝手に採ってはいけませんよ! というルールが敷かれているのだ。
もちろんウエットスーツを着ていなくても、勝手に貝類などをとるのは違法である。
特に葉山の名島などは監視が厳しく、シーズンともなると常に漁師さんか県の職員が乗り込んだ監視ボートがあたりを回っている。
それで、海面に上がって来た者がサザエ五個程度を袋に入れているのを見つけると、その場で全部没収!
おまけに、海面に浮かんだままボート上から差し出された始末書にサインさせられる始末(笑)。
そんな光景を実際何度も見ている。
だから、ちょっと慣れている人たちは考える。
網に数個ほどサザエを入れて海面に浮上した際に監視ボートを見つけると、知らん顔してその網を海中に落とす。
手ぶらですよって顔をしてその場をやり過ごし、あとで再びその網をとりに潜る。
ただ、時々その網が迷子になるのが玉に傷(笑)。
それにしても何かおかしい。
名島に行くと漁師さんが経営する茶店みたいのがあって、そこでは貝採り用の器具(釘抜きのような形の道具)を売っている。
そんなもん売っていて貝を採ったら没収&始末書って、いったいどういう根性してんだ!。
名島に渡るには漁協の渡し船に乗る必要があるのだが、その漁師さん曰く、
「まぁ、島でサザエとか採っても、その場で食べる分には目こぼししてるけんど、中には何十個も隠し持って、それで商売してるヤツもいやがる。それはやっぱり営業妨害じゃねぇか? こっちも自然養殖して増やしているだからよ」
というお話でした。
慣れて来ると分かるのだが、サザエたちも案外バカで毎年同じ岩棚の同じ場所にちゃんと座っているので(笑)、その気になればけっこうたくさん採れるものなのだ。

あ、また話しがズレズレ(笑)。
え〜、そんなわけで、湘南の海はせせこましいし透明度だってよくないし、、、、。
さて、美しい海を求めて、、、忘れもしない、御巣鷹山に日航機が墜落したあの当日、僕らは新潟の佐渡ヶ島の横っちょにある粟島という小さな島でシュノーケリングを楽しんでいた。
その翌年には佐渡ヶ島にも行ったが、いずれにせよ、その透明度は半端ではない。
おそらく世界でも最高峰に数えられるほどの透明度ではないだろうか。
感覚的には水中視界50mという感じなのである。
佐渡の海、5mほどの浅瀬で海底を眺めながらふらふらと海面を進んで行くと、いきなり切り立った崖が現れ、そこからいっきに数十mほどの深さになるようなポイントがあるのだが、その海底までがほぼ障害物なしにストレートに見通すことができるほどだ。
だから怖い(笑)。
まるで中空に浮かんでいるような気分に包まれる。
土地柄、熱帯魚のような美しい魚はいないが、みな食べたら旨そうな魚ばかりが泳いでいて、それらの魚たちと僕との間にも、視界を遮るゴミやプランクトンなども一切見えないので、どっちも空を飛んでいるような感覚に陥る。
一カ所に止まっている魚などは、その間にある水の存在を感じないので、まるでガラスの塊に閉じ込められているように見える。
ただ、景色が圧倒的に地味過ぎる(笑)。
魚はどれもオヤジのスーツみたいな色をしているし、珊瑚礁なんかもないので、ただただ水が透き通っているだけ! と言うしかない。
それと、特徴的なのは水温の高さ。
湘南の海では三十分も入っていると唇が紫色になったりするが、佐渡や粟島では一時間ずっと海に入っていてもぜんぜん平気。
イメージとは大違いで、「へぇ、日本海ってそうなんだぁ」と、これはけっこう驚いた。

色彩も豊かで透明度も最高!
ある年、そんな噂でもちきりのミクロネシアのパラオまで行ってみようー! ということになり、同じメンバーで実際出掛けていった。
で、正直言ってちょっとガッカリ。
船上から眺める海はまさにエメラルドグリーンで文句なく美しいのだが、実際海に潜るとその透明度は佐渡ヶ島や粟島に比べるとほぼ半分以下、たぶん鮮明に見えるのは10m程度だろうか。
海中も極彩色であるが故に、プランクトンが豊富過ぎて、ゴミのように海中を濁らしている、、、のかなぁ?
でも水温は日本海の方が高かったし、、、ん? 日本海は水温が高いがプランクトンはそれほど多くない?  分からん、これは未だに謎だわ(笑)。

まとにかく、パラオでの数日間は無人島巡りやら何やらでスキンダイビングを楽しんでいたのだが、せっかくここまで来たのだから、一回スキューバダイビングを体験してみようじゃないか、という話しになった。
同行の相手夫婦の夫の方は唯一スキューバーのライセンスを持っていたが、僕ら三人は全くの未経験者。
でも、パラオは小一時間練習をしただけで、はい30mほど潜りましょう! というけっこうアバウトなお国柄。

で、今日はドリフトダイビングもします、と言う。
バリ島の事故でも取り沙汰されたこのドリフトダイビングというのは、自分で泳ぐ必要もなく、ただ海中の潮の流れに身を任せているだけで、まるで動く水族館の中を自動的に進んで行くような、とても楽しくて楽ちんなダイビングのことである。
パラオ、南海の楽園。
入水ポイントで僕らを下ろしたボートは、そのまま潮の下流に移動し、あらかじめ決められた浮上ポイントに先回りして待っている、というシステム。
僕らは現地人インストラクターの先導で、入水ポイントでいっきに30mほど潜り、しばらくは海底散歩を楽しんでいたが、やがて促されて潮の流れに乗る。
そして、色彩豊かな熱帯魚の群や、バラクーダ、ウミガメたちとの出会いを楽しみつつ、そのまま20〜30分ほど流され続け、「こりゃ楽しいやー!」、、、しかるべき時にインストラクターの指示に従って海面めざしてゆっくりと浮上し始める。

で、「あれ〜!?」上がってみたら待っているはずのボートがいない!!
ぐるり見渡しても見えるのは点在する無人島ばかり。
これは正直ちょっとびっくりした(笑)。
ただ、バリ島の事故のケースと違うのは、ものすごく天気がよくて海面は完全な凪の状態だったという点。
そのせいか大した危機感もなく、周囲の景色を楽しみながら、しばらくの間はそのままプカプカ浮かんでいたのが、そのうちインストラクターがちょっと慌て出し、大きな声を張り上げ始めた。
彼は二十代の褐色の現地人だが、名前は違和感ありありのタロー君(笑)。
そう、先の戦争時代、日本がこのあたりを統治していたので、その時代の名残り。
そうやって15分ほどのんびり遊びながらプカプカしていると、いくつも見える無人島のひとつの島陰からいきなりボートが現れた。ここからの距離はおよそ300mほどか。
近づいてきたボートの操縦士の若者に、インストラクターがなにやら怒っている。
事情を聞けば、なんのことはない、島の木陰で昼寝してたらつい寝過ごしたってことらしい(笑)。

もしこれが、バリ島のように突然天候が崩れて海が荒れていたら、果たしてどうなっていただろうか、、、と。

思えばパラオの海ではシュノーケリングだけで十分な気がする。
ちょっと無理して8mほど潜り、直径40センチぐらいのバカでかいシャコ貝を二人掛かりで、しかも死にもの狂いで採ってきたりしていた。
で、ナイフでこじ開けると、直径10センチはあろうかという、驚くほどでかい貝柱が出て来たりして、こりゃ刺身で喰ったら美味そうだと、さっそく食べてみたが、なんとスカスカジャリジャリでとても喰える代物ではなかったというお粗末。

海に行かなきゃ溺れ死ぬことはない。
山に行かなきゃ滑落して死ぬこともない。
だから、勝手に行って死ぬのは自己責任?
だとしたら、家から外に出なけりゃ、ダンプにでも突っ込まれない限り、交通事故で死ぬことはまずないという話しにもなって、しまいには、この世に生まれなきゃ死ぬこともないのにということにもなる。
但し、ひとつ確かなことは、この世に生まれたのは自己責任では決してない、ということ。
そりゃ両親の他者責任に決まってる(笑)。

高瀬がぶん