これが裁判制度の理念だとしても、この言葉は一見性善説に立っているかのように聞こえるが、そうじゃない。
裁判とは元々性悪説で成り立っているのだ。
基本、被告人は有罪。
まず検察がそれを立証しようとあれこれ理屈を並べ立て、それが失敗した時に初めて無罪となる。
逆に、始めから無罪を立証しようとする裁判なんてあり得ない。
それが非在証明の不可能性を指して言う、「悪魔の証明」と言われるものになるからだ。

静岡地検が袴田事件の再審決定について不服、ということで東京高裁に即時抗告をした。
これで、東京高裁で再び再審開始するかしないかの判断を仰ぐことになり、それでどちらの結論が出るにしろ、弁護側検察側のいずれかが、必ずや再び最高裁への特別抗告をするわけで、そこで最終的に死刑の確定判決が復活し袴田氏が再び収監されることになるのか、それとも、そこで無罪が確定し、晴れて自由の身になるのかが決まる。
あ〜、そこまでゆくには気が遠くなるほどの時間がかかるだろうな。
うん、おそらくそれが検察の狙いなのだろうよ。
検察もよほどのバカではない限り、今の状況を冷静になって考えてみれば、袴田氏を再び有罪にできるとは思ってはいないだろう。
となれば、時間稼ぎをしている間に袴田氏の寿命が尽きるのを待つしかない。
検察と警察の権威を死守するには、それしか打つ手はないのだ。

もし、即時抗告をせず再審が開始されるとなれば、有罪か無罪かの判断の基準になる当時の捜査機関による捏造問題を、徹底的に突っつかれるのは必定で、ましてや捏造が立証されでもしてそれで無罪が確定しようものなら、検察や警察にとってこれ以上の屈辱はなく、その信頼が地に落ちることは火を見るよりも明らかである。
それに、真犯人を取り逃がした失態を認めざるを得なくなる。
従って、自らの保身のために、どうしても即時抗告するより他に道はない。
で、不服だよー不服だよーという態度を保ったまま長い時間をやり過ごし、いつか袴田氏の寿命が尽きた時に、不服だけど死んじゃったのなら仕方ないですね、、、ということにしたいのだろう。

それにしても静岡地検はあつかましい。
そもそも再審というのは、「有罪とするのに疑問が残れば、再審を開始すべきだ」とした最高裁の「白鳥決定」(75年)に沿ったもののはずで、それを否定するということはすなわち「有罪とするに疑問の余地がない」と言っているのと同じ。
それ本心なのか?
今回裁判所から指摘されている様々な捏造とされる疑問について、もし本当に「なにも不自然なところはない」と考えるならば、それこそ頭は小学生レベルであって、とてもじゃないが司法に携わらせておくわけにはいかないと思う。
数え上げればきりがないほど色んな捏造が明らかになっているわけだが、それにしてもなんだよその稚拙さは。
捏造するならそれなりにちゃんと捏造しとけよ! と言いたい。
ネットでは、実際に袴田氏を取り調べた刑事たちへの突撃取材の古い動画なども公開されているが、当時でも八十代になっている元刑事たちの反応と言えば、「あぁもう忘れたよ」「再審請求? そんなものは本人の自由だろ」 「裁判のことは分かんねぇよ」「有罪なんだからそれでいいじゃねぇかよ」 「オレは悪い事なんかなんにもしてねぇよ、ちゃんと仕事しただけだから」と、ほんとに頭の悪そうな年季の入った糞ジジイばかりで始末におえない(笑)。
いや、これは今だからそう言えるのかもしれない。
要するに当時の捜査機関は裁判そのものはもちろん、世間そのものをなめ切っていたのだろう。
警察が言うことに間違いはないと信じられている、という妄想にとらわれ、適当に証拠作っとけばそれで袴田は有罪になるし、世間だって警察が捏造なんてするはずはないだろうと思うに決まっていると。
加えて、まさか四十数年後に再び裁判所によって、その証拠のひとつひとつを念入りに再検証されることになるなんて思ってもみなかったに違いない。

今回の流れの全体を客観的に評価すれば、再審さえ始まれば、どうやら袴田氏が無罪になることは必然のようである。
ただ、今回の再審開始決定文の中に、
「、、、国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難いことといわなければならない、、、」
とあるのだが、これは厳密に言えば誤った表現であると思う。
裁判をやり直すかどうかの決定なのだから、当然のことながら有罪か無罪かは、これからの裁判で決まることだ。
にも拘らず「無実の個人」と言い切ってしまっている。
現段階でこれは言い過ぎなのではないか?
無罪だからと言って無実とは限らない。
これは常識だろう。
無実かどうかは分からないけれど、有罪にできるほどの合理的根拠がないから無罪とする、、、というのが裁判所が出す結論だろう。
検察・警察に対する怒りが爆発して、裁判長つい口が滑っちゃったのかしらと。
「無実」というのは観念の問題であって、裁判上では「無罪」か「有罪」かだけが判断されるべきものであると考えるが、違うだろうか?
今回裁判所が言及したのは、「袴田氏を犯人とする証拠の数々が、捜査機関によって捏造されていたのではないか」という重要な疑問についてであって、証拠が偽物=袴田氏が犯人ではあり得ない、ということになるわけではない。
つまり、「犯人が誰かは不明だが、少なくともその証拠群は袴田氏を犯人とするには説得力に欠ける」
と、言えるのはせいぜいここまでのはずである。

そもそも、ある人物がある事件の犯人ではないことを証明しようとしても、それは冒頭の「悪魔の証明」であり、今回のことで言えば、袴田氏が犯人ではないことを直接証明することは原理的にできないのである。
できることのひとつは、真犯人を探し出しその犯行を物理的に直接証明することによって、間接的に袴田氏が犯人ではあり得ないことを証明することだが、これも事件が古過ぎて、ましてや時効も成立していることから、今後真犯人に関する捜査そのものが行われるはずもなく、現実的には不可能ということになるだろう。
けれど、様々なインチキ証拠物件をネタにして、「袴田氏を犯人と特定するには合理的に無理がある」ということはおそらく証明できるだろうから、無実の証明はともかく無罪にはなるだろうと思われる。
さー、いずれにせよ、袴田氏の残された人生の時間内に決着をみることができるだろうか。
それだけが心配である。

この事件の当初から多くのマスコミは袴田巌を犯人と決めつける報道をし続けた。
それだけならまだしも、警察のリークによる情報を垂れ流し、全人格を否定するような空恐ろしい形容詞までつけて、まだ容疑者段階であるにも拘らず実名報道してきたという実績がある。
ところがどうでしょう。
そんなことしてましたっけ? というような顔をして、今度は一斉に「袴田さんよかったよかった! 警察許さん!」と態度を豹変させる。
かなりの数の新聞社の社説を読んだが、どの記事もまるで同じ。
コピペかよ!(笑)
ダメだよ、責任とれよ、まるで袴田氏を悪魔のような人物として報道してきたことの!!

しかも、アホな一般人はそのことに疑問を抱かない。
袴田が犯人だって、、、。
「テレビで言ってたし」
「新聞に書いてあったし」
メディアが報じることはあたかも全て真実かのように受け取る。
それが一般人の普通の感覚である。
それが何時の頃からか「冤罪かもしれない」と、風向きが変わってきて、マスメディアは勢い当時の捜査機関の不正捜査についてあれこれ報道し始める。
こうなると一般人はコロっと変わって、
「あれは冤罪なんだぜ、だってテレビで言ってたし、、、新聞に書いてあったし」
と、またもやそれが真実であるかのようの受け取るのである。
この付和雷同、流されやすさ、どうにかならないものかと常々思う。
様々な事件出来事の報道に関しても全く同じで、そのアホ傾向がハッキリするのは、ネット上での様々な発言が爆発的に一方に傾く、という事実を見ても明らかである。

まさかという時にまさかという事が、、、。
それがあまりに絶妙すぎて、とても偶然とは思えない、というようなことが起こる。
今回それを感じたのが袴田巌氏が釈放された翌日の3月28日に、被害者家族唯一の生き残りであった長女が亡くなったことだ。
警察によれば事件性はないという。
そう聞いて、「事件性はない」という言葉の中に、「自殺」も含まれるのだろうなと、そう思った。
今後マスコミがどう動くか分からないけれど、少なくともこれまでは、彼女周辺に対する取材というのは憚られるという、メディア間の暗黙の了解みたいなものがあったと思う。
なにしろ、自分以外の家族4人が全員殺されたのだから、世間の同情を一身に集め、彼女の周辺には、本当にもうどう声をかけてよいのか分からぬほどの張りつめた空気が色濃く漂っていたと思われる。
それが表向きの一般的な見方であり、今でもメディアはその姿勢を崩してはいない。

袴田氏が犯人でないならば他に真犯人がいる。
となると、人々はすぐに真犯人探しに興味が移り、ジャストタイミングでの長女の死亡報道に「なんだかアヤシー」ということになって、「誰かそこんとこ詳しく調べてくれないか」なんて思ったりしている。
実際に長女犯人説あるいはその周辺人物犯人説というのは、かなり以前からあり今も根強く残っている。
しかし、この疑惑が表メディアで語られることはない、、、。

検事と弁護士は「六法全書」という同じ教科書を使って勉強してきたはずなのに、必ず正反対の答えを導き出す。
皮肉にも、それが健全な状態の証となる。
そうでなければ、そもそも裁判にならない。
検事「死刑を求刑する」
弁護士「賛成!」
検事と弁護士が同じことを主張したとしたら、それは全体主義に陥っているわけで、それのほうがよっぽど怖いではないか。